生と死の自然史 進化を統べる酸素

生と死の自然史―進化を統べる酸素

生と死の自然史―進化を統べる酸素

この書評につられて購入。ひさびさに人に是が非でもお勧めしたいと思える本に出会えた。
一言で面白さを説明するならば、生物版『皇帝の新しい心』といえばわかる人にはわかってもらえるのではないだろうか。

『OXYGEN The Molecule that Made the World ("酸素" 世界を作った分子)』 という原題が示すとおり酸素を主軸においた本である。大きく前後半にわかれていて前半は進化と酸素のかかわりを取り扱っており「なぜ地球に遊離の酸素が発生したのか」「水分子開裂型光合成はどのように獲得されたか」「LUCA(最新共通祖先)はどのような能力を持っていたか」等等の疑問に対する最近の各分野での研究成果が披露される。

また後半は人間をはじめとする生物と酸素呼吸等によってもたらされるフリー・ラジカルとの関係を通じて性、疾病、老化に対する合理的な説明を試みている。
この説明というのが非常にうまいのだ。以前おこなった説明を拾い集め、新たに提示される事実に対して合理的な説明を与えていく様は伏線をきれいに回収していく推理小説のような見事さすら感じてしまう。なるほどすべてはフリー・ラジカルで説明がつくのだ!


ただそこはさすがに科学者だけあって終章で次のように釘を刺すことも忘れない。
「フリー・ラジカルが実際に病気を引き起こすことを示唆する山のような証拠を無視することは頑迷というものだろうが、決定的だという主張は誇大宣伝にすぎない。」
上の書評にあった「読み進むうちに頭がよくなっていくような錯覚におちいる。」は実に言い得て妙である。


強いてこの本の難点を上げるとすると、その密度の濃さ。もちろんそれが長所でもあるんだけど、以前説明が出てきていた用語は容赦なく再出してくるので巻末についている簡単な用語集(これはありがたかった!)と往復しながら少しずつ読み進めていく必要があった。それが500ページ超(笑。読了まで数ヶ月を要しましたとさ…。


最後の章である15章にはいい感じで全体の要約が記載されているので、そんな面倒な読書したくない、手っ取り早く内容が知りたいという人はとりあえず15章だけ読むのもありな気もするが、できることならやはり最初からの通読がお勧め。
この本の著者はミトコンドリア研究の第一人者だそうだが、進化生物学、医学生物学、古生物学、生物学史、地球科学、生化学、量子化学、地質学等等さまざまな分野からもたらされる知識を丹念に織り上げ一冊の本にしてしまう著者の手腕にはただただ脱帽するのみ。面倒ではあったけど、とてもすばらしい読書体験でしたよ!

こちらも早速注文する予定。

ミトコンドリアが進化を決めた

ミトコンドリアが進化を決めた


ここからは個人的な備忘録。本の内容(仮説も含む)と邪推が入り混じっているので注意!

  1. ビタミンCを人間(とフルーツコウモリ)が作らないのは作ることにフリー・ラジカル生成のリスクがあるから。
  2. 昆虫の酸素循環は自然拡散に任せているため、酸素濃度が高くないと巨大化できない。
  3. ジャンクDNAは世代間の変化が速すぎるのがジャンクの証拠。
  4. ミトコンドリアは呼吸により生成されるフリー・ラジカルによって引き起こされる損傷の修復ができない。
  5. 老化はミトコンドリアの不可逆の損傷によってより多くのフリー・ラジカルを排出することにより発生する。
  6. ゾウの時間、ネズミの時間における例外(鳥の長寿等)はフリー・ラジカルの処理機構を考慮に入れることによって説明できる。
  7. 精子ミトコンドリアが受け継がれないのは、卵子にたどり着いた時点で精子ミトコンドリアが傷ついているため。
  8. 放射能によるDNA破壊の大部分は水のフリー・ラジカル化によりもたらされる。
  9. 乳糖不耐性はカロリー制限があれば長寿をもたらすかもしれない。コーカサス地方とかに長寿村とかあるけど、カスピ海ヨーグルト食ってるからじゃなくて乳糖不耐性(ヨーグルトのような乳糖分解食品しかたべられない)だから??
  10. 地球に遊離の酸素が発生するにはスノーボールアースが不可欠。
  11. アーケアに感染性のものはいない。